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皇帝陛下の家庭教師~承前~

マリア・フォン・バルシュミーデが空腹による貧血と熱射病で倒れている間に、彼女の身元が明らかにされた。オーディンの旧貴族の生まれで、現在23歳。優秀な成績でオーディン教育大学短期学部を卒業後、フェザーンのある裕福な家の子弟の入学試験のために、住み込みの家庭教師になった。2年後、子供たちが有名寄宿学校に晴れて入学することになり、惜しまれつつその家の家庭教師を辞めた。

とても良い推薦状を持って別の家庭の教師になったが、そこでフロイライン・バルシュミーデの運命が狂った。その家の子供とはうまくいっていたが、その父親がフロイライン・バルシュミーデに懸想し、彼女が拒絶すると暴力に訴えた。彼女はフェザーンの家庭教師組合にその事実を訴え、裁判にまでなった。裁判には勝ったが、彼女は家庭教師の職を失った。

だが、新しい職場をようやく見つけても、いざ、契約となると直前に断られて家庭教師の職に就くことが出来ない。それが3回続き訝っていたところ、あっせん所の職員の話から次のような事実が明らかにされた。すなわち、彼女の就職先が決まると決まってかの男の手が回って、彼女についての偽りの情報がその家族に流れ、彼女を受け入れられないようにしてしまうらしい。

彼女はもう1年以上仕事をしていない。貯えも尽きかけて食事は1日1回のみ、そのせいで貧血気味のようだった。

これらの情報を手に入れたハインリッヒ・ランベルツは、義憤を胸にフロイライン・バルシュミーデが休む部屋に向かった。

フロイライン・バルシュミーデは起きてみると気持ちのいい、さわやかな風の通る、明るい部屋の寝椅子に寝ていたので、びっくりした。なんとか起きようとしたが、身体が重く、頭を起こすことすらつらい。だが、しばらくしてようやく吐き気とめまいが収まりかけたところに、部屋のドアから先ほど彼女にブラスターを突きつけた若者が入って来た。

フロイライン・バルシュミーデはなんとか声を出したが、それは小さくてかすれていた。

「私、誘拐犯じゃないわよ」

若者は困ったような表情で頷いた。

「それはもう分かっている。早とちりで驚かせて悪かった」

自分についての詳細をこの若者が知っているとは、彼女には知りようもない。だから『分かっている』、とはおかしな言いぐさだと思った。彼女は若者の後ろから現れた使用人らしいお仕着せのエプロン姿の女性が、お茶が載ったトレイを持っていることに気づいた。

「どうやらあなたは貧血らしいので、お茶とちょっとしたものを用意してもらった」

「…でも…、ごちそうになるわけには」

「驚かせたお詫びだ。それに、あなたに会いたいと仰せの方がいらっしゃるので、食事をして力をつけてほしい」

フロイライン・バルシュミーデはエプロン姿の女性に手伝ってもらって体を起こし、お茶のカップも手に持たせてもらった。温かいお茶が喉を通り抜けて胃を温め、フロイライン・バルシュミーデはほっと溜息をついた。ランベルツは彼女の白い顔に赤みが戻ったのを見て、安堵した。

「あの子たちは大丈夫?」

「あの子たち?」

フロイライン・バルシュミーデは頷いた。

「アレクとフェリックスよ。知らない人と遊んだというのでご両親に叱られていないかしら?」

若者はフロイライン・バルシュミーデを呆れたように見つめたが、気を取り直して返事をした。

「あの方たちは大丈夫。もちろん、お守りを撒き護衛の隙をついて、言いつけを破って外に出たことで、こってりお仕置きを受けている」

「あの方たち? あなたはあの子たちのお兄さんではないの? それに、やっぱりお外に出てはいけない、と言われていたのね」

彼女は本当に何もわかっていないのだろうか? ランベルツは不思議に思ったが、少し面白くなってきて彼女の誤解を解くのを止めた。彼女がこの帝国でもっとも高貴な子供をさらおうとしていたなど、彼女の素性からいっても、この無邪気な様子を見た後ではありえないことだと分かった。かの閣下がかつておっしゃったように女性は嘘が上手らしいが、これが演技だとしたら相当のものだ。

「この屋敷の外に広々とした芝生の庭があるのに…。しかも、フェリックスは年上だからちゃんと言いつけを理解していたはずなんだが」

「あの子たちには広いお庭も狭く感じるのね。お外がどれくらい広いか、知りたかったんでしょう」

ランベルツは感心したようにフロイライン・バルシュミーデを見た。

「確かにそのようなことを言っていた。それに、フェリックスは叱られながらも、フロイライン・バルシュミーデは悪い人じゃない、とずっと言っていたよ」

「フェリックスはいい子ね! あの子にお礼を言えるかしら。アレクにもちゃんとバイバイをしたいわ」

「さあ、たぶんね。あの方のお母上様がお許しになられたら、ご挨拶できるだろう」

その時、ドアの外が騒がしくなり、寝椅子のそばにいたエプロン姿の女性がドアの方に向かって膝を曲げて頭を下げた。その様子に気づいた若者がドアに向き直って、深いお辞儀をした。

彼らが入って来た時に開いたままになっていたドアから、スーツ姿の女性が入って来た。堅実なローヒールのパンプスに包んだ華奢な足を軽快に運んで、その女性はフロイライン・バルシュミーデの寝椅子の近くまで来た。彼女は最近職業婦人の間で流行っている、『お妃風ファッション』を完璧に着こなしていた。膝丈のマーメード型のスカートに同じツイード生地のきれいで機能的なジャケットを着ている。髪は結い上げてあるが、仕事の邪魔にならないことを主眼としたヘアスタイルで、パーティー用の結髪ではない。

ごく薄い化粧がその婦人の美貌をよく引き立てており、『お妃風ファッション』のモデルのご本人によく似ていた…。

フロイライン・バルシュミーデは慌てて寝椅子から転げ落ちそうになりながら、どうにか立ち上がり、皇太后ヒルデガルド・フォン・ローエングラムにお辞儀をしようとした。

ランベルツが抑えきれないように後ろを向いて笑い出した。

「あらあら、急に起き上がっては駄目よ。まあ、どうしたの、そんなに慌ててはいけませんよ」

皇太后陛下は優しく声をかけ、フロイライン・バルシュミーデの手を取って寝椅子に寝かせようとした。

「い、い、いいえ、だって、まさか…そんな…。ああ! そんな、それではあの子供たちは…!」

「息子と遊んでくれてありがとう。あそこのいたずらっ子があなたをびっくりさせたようですけど」

皇太后陛下のきれいな瞳が若者を射抜いて、ランベルツはようやくかしこまって笑いを収めた。

「ハインリッヒ、ちゃんと説明してあげてといったでしょうに」

「申し訳ございません、陛下。まさか、本当にこの帝国の皇帝陛下と母君に気づかない人がいるとは信じられなくて」

フロイライン・バルシュミーデは真っ赤な顔を両手で覆った。

「だって、まさか、皇帝陛下のことはよく存じ上げているはずですけど、でも、自分が陛下にお会いするようなことがあるとは思いもせず…」

「フロイライン・バルシュミーデ、そのようなことはもう気にしないでちょうだい。あなたは二人のいたずらっ子、…この場合3人かしら」

ランベルツは少し赤くなって肩をすくめた。

「いたずらっ子たちと偶然出会って、ご親切にも一緒に遊んでくれたというだけのこと。本当に、あの子たちは一緒に遊べて楽しかったと言っていましたよ」

「私も楽しかったです。まあ、ほんとうにかわいい子たちで」

フロイライン・バルシュミーデの言葉は、宮廷にやって来る貴婦人たちが、アレクとその友達に向かって『なんという可愛らしいお子様たち!』、という気取った言い方とは違っていた。まるで、近所の子供の母親に向かってその子どもを褒めるような言葉だった。

お茶を召し上がれ、いいえ、とんでもない、というやり取りの後に、皇太后の「わたくしも一緒にお茶をいただきましょう」という言葉で、フロイライン・バルシュミーデが恐縮せずに栄養をつけられるように仕向けられた。ランベルツがテーブルを寝椅子の近くにひっぱってきて、皇太后付き女官の一人が急いでお茶の用意をした。

皇太后陛下は気さくな態度で、フロイライン・バルシュミーデにご子息―すなわち皇帝陛下のことなどを話した。アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラム陛下のダークブラウンの髪のお友達は、かのミッターマイヤー主席元帥のご子息、フェリックスと聞いて、ますますフロイライン・バルシュミーデは恐縮した。

まったく、なぜ皇帝陛下と分からなかったのだろう。皇帝陛下とご家族の写真など帝国のどこの家庭でも見られるもので、彼女の実家にもきれいな額縁に入った写真が飾られていた。あれほど可愛らしい男の子は帝国に二人といないのに! だが、現実に遭遇する事がありうるとは思いもしなかった存在であるだけに、実物を目の前にしながら脳が認識を拒否したようだ。

「フロイライン・バルシュミーデ、あなたは息子の言葉遣いを直してくださったそうね。フェリックスが申しておりましたよ」

皇太后陛下は微笑みながら言った。フロイライン・バルシュミーデは少し赤くなって答える。

「差し出がましいことをしまして…」

「あらまあ、そんなことはありません。フェリックスもフロイライン・バルシュミーデは賢いひとだって、感心していましたよ」

フロイライン・バルシュミーデは勢いよく首を振った。

「フェリックスの方こそ、賢い子ですね。あの子の話し方を聞いてお友達に話すにしてはおかしいな、と思っていましたけど、皇帝陛下に対するお話しの仕方だったのですね。あの子は陛下に対するのに相応しいお話しの仕方で話そうとしていました。周りの大人の真似をしているのだと思いますけど」

「そうでしょうね」

皇太后陛下は小さなお菓子を一つ摘まんで、食べるか食べまいか考えている風だったが、思い直したように自分のティーカップのソーサーに置いた。

「あなたは息子の話し方を聞いて、ひどいと思ったでしょうね」

「いえ、そんな…。びっくりしたのは確かですけど…」

「いいのよ、遠慮せずにひどいとおっしゃっても。もちろん、あの子の周りにはフェリックス以外は大人ばかりで、息子は周りの大人の話し方の真似をしているだけなのでしょうね。おかしな話し方をしたときに私が側にいる時は、『こう話しなさい』と教えているけれど、私はいつも一緒にいてあげることが出来なくて」

日々の政務に皇太后陛下が忙しくしていることは、帝国民なら子供でも知っている。フロイライン・バルシュミーデは皇太后に尋ねた。

「でも、お付の人たちがたくさんおいででしょうから…」

「あのお付の者たちときたら、あの子の話し方が可愛らしいと言って、正すどころか助長させていたのです」

皇太后陛下が憤慨して拳を握ったところは、この帝国のどこにでもいる教育熱心な母親の姿そのものだった。

「あの子が間違っているのに、それを正さずに周りの者が傍観していたら、この宮廷は旧王朝のようなものになってしまいます」

「まさか…」

自分の口調に相手がびっくりしているのに気づき、皇太后は微笑みかけて首を振った。

「もちろん、私が生きている間にそのようなことにはさせません。でも、実際問題として、あの子に必要なのは甘やかして可愛いと言ってくれる相手ではなく、厳しい教師なのです。でも、私はいつもあの子と一緒にいてあげられないし、かといって、本当に信頼できる教師はなかなかいないものです」

「皇帝陛下に教師をお付けになることをお考えなのですか」

「ええ、そうです。フロイライン・バルシュミーデ、息子の話し方をこの帝国の子供らしくさせるにはどうすればよいと思いますか」

フロイライン・バルシュミーデは即座に答えた。

「皇帝陛下は学校へお行きになるとよろしいかと思います」

「…学校へ?」

「はい。学校でしたら同じ年頃の子供たちと1日中過ごすことになります。きっと、その日のうちに周りの子供たちと同じようにお話しがお出来になるようになりますわ。もしかして、学校から帰ってきて、お付の方たちの中にいるとまた、元のように話されるかもしれません。でも、毎日学校に通っていればだんだん、ふさわしい話し方が身につくでしょう。もちろん、学校の先生がちゃんと指導してあげることが前提ですが」

「まあ、あなた、フロイライン…」

皇太后は朗らかでさわやかな声で笑い声を上げた。

「フロイライン・バルシュミーデ、あなたが息子の家庭教師だとしたらどのように教育するのか、私はお聞きしたつもりでした。でも、あなたは家庭教師よりも学校が良いとおっしゃるのね…」

「えっ…。あっ…!」

フロイライン・バルシュミーデの戸惑いに、皇太后はくすくすと笑った。

「申し訳ございません…。で、でも、学校に行かれるのはとても良いと思います。私には教えられないことを同級生の子供たちが教えてくれると思います」

「あなたはむしろ、あの子に必要なのは教師ではなく、同年代のお友達だとおっしゃりたいのね」

皇太后は目の前の若い女性を面白そうに眺めた。フロイライン・バルシュミーデは失業中の家庭教師だ。皇帝陛下の家庭教師として自分を売り込めばいいところを、家庭教師という職を否定するかのように、『学校がよい』と言う。

「あなたがおっしゃるように、あの子のためには学校も検討するべきでしょうね…」

その時、ドアの外からわっと二人分の小さな男の子の笑い声が聞こえた。

「お母さま、ほんとう!? アレクも学校に行っていいの?」

金髪の男の子が部屋の中に駆けてきて、母親の膝に飛びかかった。皇太后は笑ってしっかり息子を抱き留めた。

「そうね、考えてみようかと思います」

「そうするとよろしいですよ、お母さま。アレクはフェルみたいに学校にお行きになったら、とてもいい子になるよ!」

「期待しているわ」

フェリックスがフロイライン・バルシュミーデにニコニコして言った。

「それじゃあ、陛下が学校にいらっしゃる年になるまでは、フロイライン・バルシュミーデにお勉強を見てもらえたらいいね」

「ヘイカはフェルと一緒に9月になったら学校に行くの!」

「陛下は僕より1さい小さいから、まだ学校にいけないですよ」

「小さくないよ! 陛下のお背はフェルとほとんどおんなじでおいでだもの!」

男の子たちがワイワイと言いあう様子を見て大人たちは笑い声を上げた。皇太后が立ち上がって、息子とその親友の二人の肩を抱きしめた。

「アレックス、きっとフェリックスは学校がどんなところか教えてくれるでしょうから、そのお話を聞くのが今から楽しみね。そのお話を聞いたら来年、ほんとうに学校へ行きたいか、行くのならばどんな準備が必要か、考えることが出来ますね」

「…うん…」

皇帝陛下は母親の言葉に不承不承答えたが、向かい側にいるフェリックスがニコニコしているので、考え直したらしい。重々しく頷いた。

「フェリックス、ヘイカに学校のことをお話ししてさしあげる?」

皇帝陛下の問いに親友は真面目な表情で答えた。

「お話して差し上げます。もしかしてお会いできないときはビジフォンをします」

小さな男の子たちは再び部屋の外へ駆け出していこうとした。戸口で立ち止まってアレクがフェリックスを引き留めて、部屋の中に振り返った。

「フロイライン・バルシュミー、またヘイカとご一緒に遊ぼうね」

きらきらとした瞳でフロイライン・バルシュミーデを見て微笑みながら言った。フロイライン・バルシュミーデは赤くなって、彼女も微笑んだ。

「ありがとうございます。陛下、機会がありましたらぜひ」

フェリックスもにっこりしてフロイライン・バルシュミーデに手を振って駆けて行った。二人の後を侍従と衛兵がついて行く。ハインリッヒ・ランベルツもその後について行こうとしたが、皇太后が引き留めた。

「ハインリッヒ、先ほどの様子ではフロイライン・バルシュミーデの心配事についても何もお話ししていないのでしょうね」

ハインリッヒは真っ赤になって俯いた。

「申し訳ございません…」

「ちゃんとお話して安心させてあげるべきでしょうに」

少し怖い顔をして皇太后はハインリッヒを見ると、フロイライン・バルシュミーデに向かって手を振った。それを合図のようにして、ハインリッヒは咳払いをしてからフロイライン・バルシュミーデに話した。

「あなたを苦しめていたボンホフ氏について、今後はご心配いりません。皇太后陛下が密かにこの人物について調査をお命じになりました。僕個人としてはこういう輩はきっと他にも何か悪事を働いているんではないかと思いますけど、少なくともあなたに対する精神的な攻撃について明らかにし、ふさわしい罰を与えることが出来るでしょう」

フロイライン・バルシュミーデはぼんやりとした表情でハインリッヒを見た。彼がこの人はちゃんと聞いていたのかな、と心配してもう一度言い直そうとしたとき、皇太后陛下が声をかけた。

「今までよく頑張りましたね。もう大丈夫よ、フロイライン・バルシュミーデ…、マリア」

優しい声でそういうと、フロイライン・バルシュミーデの肩を先ほど息子たちにしたように抱きしめた。皇太后陛下は若い家庭教師の肩が震えたのをその手の下に感じた。フロイライン・バルシュミーデは自分の膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。皇太后陛下のきれいなジャケットの肩が涙でぬれたが、この帝国で最も高貴な婦人は気にしなかった。

皇太后は家庭教師の背中をポン、ポン、ポン…と、息子を寝かしつける時のリズムで叩いた。フロイライン・バルシュミーデの肩先から、皇太后がハインリッヒ・ランベルツに微笑みを見せる。ハインリッヒはほっとしてお辞儀をすると、彼の年若い主君とその親友の後を追って廊下を小走りに走って行った。

 

―新帝国暦9年9月某日

―我らがアレックス皇帝陛下、ついにご入学!

旧王朝では見られなかった、皇室と市民の親密さ

―皇帝陛下を学校へ―母君のご決断

摂政皇太后陛下は皇宮から晴れの姿をお見送り―ミッターマイヤー元帥閣下がご引率

 

―今上陛下、基礎学校へご入学に際してのお言葉

僕はこの日をずっと前から楽しみにしてきました。先生方のお話をよく聞いてたくさんお勉強したいと思います。同じクラスのひとたちだけでなく、学校じゅうのひとたちとお友だちになりたいと思います。僕がとても気になっているのはお昼のお食事のことです(一同笑)。それから素敵な図書館があるとフェリックス(注:ミッターマイヤー主席元帥のご子息)が教えてくれました。彼のお気に入りのご本をそこで貸してもらおうと思います。(以下略)

 

―今上陛下がご自身でお言葉を発表されるのは、これが初めてである

 

―その日、ご入学先の基礎学校およびその周辺に厳重な警戒態勢がひかれた。この学校は獅子の泉の高級官吏や軍将官の官舎がある学区に建ち、彼らの子弟が多く在籍している。とは言え現在は特にエリート向けの特別な学校というわけではない。

しかし、これから先は帝国で最も稀な、高貴な存在をその懐に抱えた学び舎となることだろう。少なくとも、もっとも警備の厳しい学校となることは確かである。当学区内へは今後4年間、新規の転居は特別な場合以外認められず、学校への編入も認められない。今上陛下のご学友にはミッターマイヤー主席元帥のご子息他、数人の少年たち(いずれも一般の子弟)が選ばれているが、今上陛下はすでに同じクラスの少年たちともご親交を深められたようである。

我らが今上陛下はいまだご年少であらせられるが、家庭教師のフロイライン・マリア・フォン・バルシュミーデにより、すでに予備的なご勉学に励まれておいでである。そのご聡明さは獅子の泉の元帥たちを驚かせ、この古強者たちの厳めしい眼に涙を浮かべせしめたものである。

宮内省によれば、今上陛下はこの学び舎でご学友と共に4年間学び、その後幼年学校へ進まれるご予定であるとのことである。

[下写真:ご学友と共に休憩時間にボール遊びを楽しまれる今上陛下(宮内省提供)]

 

―フェザーニー・アルゲマイネ・ツァイトゥング(朝刊)より抜粋

 

 

Ende

 

 

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