top of page

Hallelujah ~ハレルヤ~

あの肖像画は完成したら彼だけに見せて封印してしまうつもりだった。

 

誕生日の後、ラグナロック作戦のためロイエンタールはイゼルローンに向かい、メックリンガーは後方担当としてオーディンで事務統括を務めた。オーディンで地上勤務…。しかし、軍務に忙しく肖像画には少しずつしか手を付けられずにいた。
その後、ついに皇帝が擁立され、同時に股肱の提督たちは昇進、ロイエンタールは元帥となった。元帥服姿のロイエンタールはまるで元からその地位にあったかのようにしっくりしており、その美々しさと威厳にメックリンガーは心を打たれた。今の彼の姿を写し取ろうと肖像画を徐々に描き変えていった。ロイエンタールの栄光の証しを絵に残したかった。

だが、その後のロイエンタールの運命の急激な転落は、ほとんどメックリンガーから肖像画に正面から向かう気力を失わせた。あの皇帝即位の日は彼の運命の絶頂だったのだ。あの日の彼の美しさを肖像画に残すことは、何か禍々しい凶事のように思えた。その後に続いた皇帝の死はさらに彼を打ちのめした。
―もう私に出来ることは何もない。芸術は死んだ。
ピアノの蓋は閉められ、埃が積もった。その口が詩を歌うことはなく、手は絵筆を握ることがなかった。
彼もまた、元帥と呼ばれる身になったが、その言葉は苦い味を口の中に残した。

 

ところが季節が巡り、また春が訪れると、彼の心の中にも小さな芽が芽吹いた。それは赤ん坊と幼児の姿をした、新しい希望の双葉だった。
世の中は再び変わり始めていた。
誰もがその小さな希望に目を止め、自分たちにはまだ出来ることがあるのだと気づいた。
その日、メックリンガーは久しぶりにアトリエの扉を開けた。
部屋の中は塵一つなく、彼の帰還を待ち望んでいたかのようだった。芸術の道を断ったかに見えたメックリンガーを心配した管理人が、彼がいつ帰ってきてもいいように毎日部屋を清めていたのだ。
肖像が描かれた画布は埃避けの布が掛かっていた。恐る恐る布を取り払いつつ、メックリンガーは自分の手が震えていることに気づいた。
肖像画は少しずつ、姿を現した…。

 

彼はそこにいた。
かつてのように静かに威厳をもって立ち、恐れを知らぬその瞳はどのような運命にも真っ向から立ち向かう強さがあった。そして、その底に余人にはうかがい知れぬ悲しみを秘めていた。
―メックリンガー、卿は何を恐れているのだ?
彼の声が聞こえたような気がして、はっとして手に持った布を取り落した。そうだ、自分はなんと愚かだったことか。この絵に彼の凋落の証しが残されているような気になっていた。
だが、自分が描いたのはそのような彼ではなかったはずだ。彼はあの日、皇帝の信任篤い元帥の一人として、玉座のすぐ近くに立ちながらも奢ることなく、そして最期の時までそれは変わらなかった。彼は常に誇り高い生を生きていた。
それこそが彼の姿だった。
―そうだ、皇帝にすら譲ることのなかった、誇り高い彼の姿をここに留めよう。それこそ、この絵のために私がするべきことだ。
彼がこの絵を再び見るとき、―もしそのようなことがあるとしたら―、この絵に見えるものはその孤独な気高さ。よく統御して容易に晒すことのなかった内に秘めた激情。卑屈さや傲慢などでは決してないのだ。
アトリエのカーテンをすべて開けると温かさを含んだ陽光が降り注いだ。その輝きの中でメックリンガーは再びこの肖像画に取り組むための準備を始めた。その心の中に、小さな鈴の音のような響きがふつふつと湧き出し、ついには高らかな音色となって彼の胸いっぱいに鳴り渡った。その音色は鼻歌となって表に飛び出し、メックリンガーはそれが勝利と賛美の歌であるのに気付いた。

 

彼が再び絵を見つけたその日、詩と音楽も自分の心の中に以前と変わらず息づいており、再び羽ばたく時を待っていたと悟った。
眩しい日の光に向かって彼は深く息を吸い込み、吐き出した。
その力強い息吹に歌を乗せて。

 

永遠(ときわ)に変わりあらじ 

主なるわが神
ハレルヤ! 

 ハレルヤ! 

  ハレルヤ! 

   ハレルヤ! 

ハレルヤ!!


 

Ende

 

bottom of page