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強い風が雪を伴って吹きつけ、冷たい刃物に切り付けられたかのようにベルゲングリューンの頬は痛んだ。隣を歩くロイエンタールが深い雪に足を取られてよろめき、咄嗟に腕を伸ばして上官が無様に倒れ込むのを防ぐ。その時、間違いなく血の匂いを嗅いだと思った。さっと腕の中のロイエンタールを覗きこむ。上官は分厚いコートを着た上体をやや屈めて、雪をかき分けるようにして歩いていた。雪に覆われた山道に彼が慣れていないのは当然としても、軍人として雪中での戦闘も経験があり、雪道での身の処し方を知らないはずがないのだ。なぜもっと早く気づかなかったのか。
「閣下、どこか怪我をされているのではありませんか」
ロイエンタールはゆっくりと視線を上げた。
「いや」
短すぎる返答はベルゲングリューンの疑念をさらに裏付けるようなものだった。
「怪我があるなら早めに処置をしないと。どこかで休みましょう」
「休む場所などないだろう」
ベルゲングリューンは周囲を見渡して答えた。
「山小屋でもあれば一番いいのですが、もちろんそんな場所では敵に見つかりやすくなる。だが工夫をすれば休めます」
ロイエンタールはしばらく何も言わなかったが、木々の間から空を見上げた。紫色に染まった空に早い雲が流れてちらちらと雪が舞い降りてくる。いつ本降りになるか分からない。ここは馴染みのある土地ではないから、天候の予測はつかなかった。
「じき、日が沈む。この星の自転周期は24時間だったか?」
「約25時間です。そのせいで軍の補給基地としては民間人が多いのでしょうな」
民間人が軍内部に多数入り込んでいるのには驚いたが、それが前線基地の腐敗を招いているとは、敵の補給基地ながら嘆かわしいことだった。その腐敗のおかげで今回の侵攻が成功したともいえるのだが。
だが、その一方で二人は帝国軍の侵攻を手引きした民間人リーダーに陥れられ、雪まみれになって歩いているのだった。
「一刻も早くこの土地を去るべきですが、知らぬ土地で、しかも暗闇の森の中を歩くのは危険です」
ロイエンタールが頷いた。無論、上官がそれでも行くと言えばベルゲングリューンは従わざるを得なかったが、反対しないので少々ほっとした。単に無謀になるには疲れすぎているのかもしれないが。
あるいは―。
「閣下、脚を怪我したんですね。それならばなおさら無理は禁物です」
それはあてずっぽうの決めつけだったが、ロイエンタールはため息をついた。
「分かった、分かった。どこかで休もう。ホテルや洒落たバーでもあれば、救出に来てくれた卿をねぎらってやれるのだが」
軽口をたたいて答えた。
二人はしばらく進んだ。ベルゲングリューンは薄のような細かな葉をつけた柔らかい茎の背の高い植物が群生している場所を見つけた。そこは奥が窪地になって枝垂れた柳に似た木が立っており、彼の目的に沿うと見られた。
ロイエンタールは通常の軍服に辛うじて厚手のコートを着ているにすぎないが、用心して上官を探しに出てきたベルゲングリューンは地上戦用の装備を身に着けており、それがここで役に立った。短刀を腰のベルトから外すと、草むらの一部を切り倒して、そこに上官を座らせた。ガサガサと音を立てて上官の頭上を覆うように柳の枝をたわませつつ、引っ張って薄に結び付けた。
簡易的なテントが出来上がった。
テントの入り口に枯れ枝を集めて火を熾すと、ベルゲングリューンは上官の隣に腰を落ち着けた。
「煙が追手からも見えるだろう」
ベルゲングリューンは柳のテントを透かして空を見上げた。
「この森の木は葉が大きいので森の外からは煙が見えにくいでしょう。敵が我が軍の捜査隊より優れた装備を持っていれば別ですが。閣下、それより怪我を」
ロイエンタールはそっぽを向いて黙っている。仕方なく、ベルゲングリューンが上官の膝に手を置くと、それはびくりと動いた。ズボンの上から脛に沿って手を滑らせると、ふくらはぎの筋肉が痙攣して動くのを感じた。ズボンが裂けていたが、丈夫な生地なので裂けめは広がらずにすんだようだ。
「…失礼」
雪道を歩くために短靴の中に入れていたズボンの裾を引っ張り出してまくり上げた。上官の引き締まり、筋肉の発達したふくらはぎが現れた。焚火の明かりの中に縁が火傷のようになった切り傷が見えた。血がジュクジュクと染み出ている。
ベルトに付けた装備から包帯や止血剤を取り出し、手早く処置をした。傷口は熱を持っていて熱く、ベルゲングリューンが上官の脚に触れるとその皮膚はたびたび震えた。
ちらりと見上げるとロイエンタールはベルゲングリューンの手元をじっと見ていたが、涼しい表情だ。彼が怪我を痛がるところなど想像もつかないが、それでも平然としているのを見て安堵の念を覚えた。
―単なる強がりだとしても、それならそれで気を許してくれていないようにも思われる。
彼がいつも通りを貫いているならそれに越したことはないのだから、これはわがままな感想だ。
しっかり包帯を巻くとそれでもロイエンタールはほっとしたように小さく息を吐いた。処置をしてしっかり圧迫することで痛みが和らいだのだろう。
「さあ綺麗になりました」
わざと大きな声で言うと、クスリとロイエンタールが笑った。
「ああ。世話をかけた」
その口調が温かいものだったので、ベルゲングリューンの頬は熱くなった。口の中で「なんてことはないです」と呟きつつズボンの裾を降ろした。
「あるさ。大した傷ではないと思っていたが、ちょっと皮膚が引きつってきた。だから卿の判断は適切だった」
ロイエンタールは隣の開いている場所を草の上から叩いた。
「座れ」
言われてベルゲングリューンは彼の前に跪いてぽかんとしていたことに気づいた。柳の枝が頭上を覆っていて天井が低いので立ち上がることは出来ない。手をついてにじり寄り尻を滑らせて彼の隣に座った。
そのまま、二人して前方の焚火を見つめた。
枝で覆われたテントの中は風を通さず暖かかった。尻は冷えたが二人の人間がくっつきあって座っていることもあり、それほど冷えすぎるということもない。だが、しばらくしてロイエンタールの身体が震えていることに気づいた。怪我のせいで熱が出ているのかもしれない。
手袋を外してから上官の額に手を当てた。熱いような気がするが、この外気温では分からなかった。彼の腕がベルゲングリューンの背中を通って腰に絡みついた。
「もっと寄れ。卿は寒くはないか」
彼の囁きは不思議とベルゲングリューンの頭の中によく響いた。
「もともとが暑がりなものですから」
彼の手が胸元を探り、軍服の合わせ目に入って来た。シャツを通して感じられる手はひどく冷えていた。
「この雪の中でも暑いのか。どのくらい暑い?」
脚を組んで座ったベルゲングリューンの膝の上に、ロイエンタールはのしかかるようにして腰を寄せて来た。
「ん、あったかい」
すっかりベルゲングリューンの胸にもたれかかって冷えた手はどちらも軍服の中に差し込んでいる。その手は丸い円を描いてベルゲングリューンの肌をシャツの上から撫でた。
―怪我をしているし、雪の中を逃げてきたせいで彼は冷え切っている。熱を分けて差し上げんと、低体温症になってしまう。
言い訳のように心の中でつぶやいて、彼の肩を抱き寄せた。こうすれば燃えるように熱い自分の体温を分けてあげられる。彼の冷たい手の感触がとても気持ちが良い。だがそれは、今この場では意識から遠ざけなくては。楽に座れるようにと太腿の上に彼を引き上げようとすると、彼が口の中で鋭く息を吸った。彼の怪我をしている方の足に手が触れてしまったことに気づき、慌てて手を離した。
「あっ…、申し訳ございません…!」
「なんでもない」
まだ強がっているのが可愛らしいようでもあり、だがもう少し頼って欲しい。座った姿勢で彼を膝の上に引き上げるのは膂力を必要とするが、それでもいささか強引に彼の膝の下に腕を差し入れて持ち上げた。
彼がくすくすと笑って膝の上に座って両脚はベルゲングリューンの腰を挟むようにし、首に腕を絡めた。
そして唇が降って来た。
最初は少し唇で触れてから、すぐに我が物顔でベルゲングリューンの唇に噛みついた。ベルゲングリューンは繊細な感触を唇に感じた。口を大きく広げて彼を口いっぱいに感じようとしたが、彼は鼻を鳴らして口元を蹂躙されるのを嫌がった。あくまで自分のペースでベルゲングリューンを翻弄したいのだ。
彼の手が軍服の中で胸を滑り腹まで下りて来たが、ズボンのベルトに阻まれて腹の上を何度か往復した。まるで肉を掴もうとするかのように彼の手が腹を摘まんだが、ベルゲングリューンの固い腹筋がそんな悪戯はさせなかった。
「くすぐったいですよ…、閣下」
「けっこう逞しいのだな、見せてみろ」
こんなところでとは思っても、彼に興味を示されて拒絶は出来なかった。伸びてくる手に抵抗もせず、「ベルトが邪魔だぞ」という彼の言いなりになってベルトのバックルに手を掛けた。
さすがに自分でズボンの前立てのボタンを外すのは憚られたが、彼が遠慮もなしに手を伸ばしてきた。するりと綿の下着の中に彼の手が隠れ、ベルゲングリューンは大きく息を吸った。
彼の忍び笑いが聞こえ、ベルゲングリューンは口から大きな吐息をついて、柳の葉の隙間から夜空を見上げた。
ゆっくり優しく肌を撫でる音と首筋に吸い付く彼の唇が立てる音がベルゲングリューンの頭の中に響いた。彼の唇はその手と同じく優しく冷たかった。彼に触りたかった。痛むほど張りつめた自分はそのままに、彼の身体に手を伸ばす。触れた個所がぴくっと動いて彼がとても敏感であることを思い出した。
彼が寄り掛かってもいいように、ベルゲングリューンは彼を囲むような形で脚を組みなおした。彼もベルゲングリューンの意図に気づいて、逞しい足のクッションに背中を預けた。着たままだったコートをかき分け、軍服の前のボタンを少し開け、彼のまぶしい白いシャツをさらけ出した。
ベルトのバックルを外して彼がしたのと同じように、ズボンの中に手をそっと差し入れた。彼の喉がひくりと動く。
そこは他の場所と違って熱く熟していた。ベルゲングリューンのものに触れながらここをこのように熱くさせていたと思うと、彼の手の中に預けたままの自分までが更に固くなってしまいそうだった。
互いに互いのものを触れ合いながら、ため息交じりの接吻を交換した。
彼はじっと目を閉じてベルゲングリューンの手に身を任せている。時々、その手の中のベルゲングリューン自身を悪戯するように擦り上げては親指でひっかくようにした。そのたびにベルゲングリューンは息を吸い込み、彼は忍び笑いを漏らすのだった。
その時、焚火の中で枝が大きな音を立てて弾けた。

真っ白にぼやけていた視界が突如として開けた。彼を慰める手を止めて、瞬きして彼の背後の闇に鋭い視線を投げた。
焚火は静かに燃えていて、だが少し火勢が弱まったようだった。
ベルゲングリューンは彼から手を離し、丁寧な仕草で下着を整え軍服の前をきっちり合わせた。ロイエンタールも相手の気分が変わったことを感じ取り、手を離した。
身じまいを済ませると彼の足を持ち上げて元通りに隣に座らせた。彼は完全にぴったりとベルゲングリューンに寄り掛かって、腰を抱くように腕を回している。
彼はなぜ手を止めたとは聞かなかった。ベルゲングリューンの視線が厳しいものであるのを見て、何も言わずにただ寄り添って座った。
そして、それはやって来た。


突然現れたそれは足音もせずに忍び寄り、焚火を遠巻きに見ている。
一匹、また一匹と現れ、火の光が届かない場所からこちらを取り囲んでいる。
犬のような姿―。だが、野生にもかかわらずあまり火を怖がっていないようだ。
―この辺りの人里に慣れている奴かもしれん。あれは狼なのか?
狼の如きその生き物は群れを引き連れて現れ、彼ら二人を狙っているようだった。
獣たちにはロイエンタールにまとわりつく血の匂いが、闇夜の灯台の明かりのようにはっきりと雪の中で際立っているのかもしれない。
一匹が焚火に近づいて、明かりの輪の中にその姿を現し―やはり狼に似ていた―そして、ぱっと飛び退って闇の中に隠れた。
「閣下、ブラスターは?」
「奴らに奪われた。予備で持っていた小口径のものはエネルギー切れだ」
やはりそうかと頷いた。今、自分の手元にあるブラスターは一挺だけ。彼を救出するため慌てて出立し、予備の武器を持ってくることに思い至らなかった自分にベルゲングリューンは舌打ちした。
「私が防御しますから、ここから離れんでください。容易に近づけないと分かれば奴らは諦めるはずだ」
「焚火の火をもっと強くしよう」
止める間もなくロイエンタールは柳のテントを出た。側に置いていた薪に手を伸ばしたところに、軽い足音がして群れの中の大胆な奴が走り寄って来た。
「オスカー!」
狙い定めたブラスターが当たり、ギャン! と鳴き声を立てて獣は飛びすさった。雪の上に黒く血を残して、再び闇の中に消えた。
「離れないでくださいと言ったそばから…!」
薪を火に放り込んでからロイエンタールは振り向いた。
「くそったれ、ハンス」
「くそ…!?」
目を白黒しているとロイエンタールはそのまま、長めの薪を手に取ってこん棒のように振って感触を確かめた。
「このおれがお前一人に戦わせて安全な場所で震えているとでも思うか。笑わせるなよ」
「閣下…!」
ロイエンタールはにやりと笑って立ち上がった。
「また来たぞ」
今度は二頭、軽い足音を立てて、明らかに火の側に立つロイエンタールに向かってきている。ロイエンタールがこん棒を振り回し一頭の鼻面を叩くと、ベルゲングリューンは確かな腕前でもう一頭に向かってブラスターを撃った。獣はひと声叫んで飛び上り、足を引きずりつつ再び闇の中に逃げていく。ロイエンタールに鼻面を叩かれた方はギャッと叫んでいったんあと退ったが、再びロイエンタールに向かって来た。
「…逃げて!」
ブラスターが火を噴き獣は声も立てず倒れた。薪の明かりの中に血が光り、雪の中にしみ込んでいった。
突如として二人は何頭もの獣に囲まれていることに気づいた。ほんの一瞬前まで静寂が満ちていた森に、獣の息づかいと足音がこだました。
こん棒を顔の前に立てて身構えたロイエンタールは鋭い視線を周囲に素早く巡らせた。
「こいつら、どうやら火を恐れないと見える。野生の狼ではないのか?」
「…人慣れしていそうですが…。数を頼んで群れで襲うのは奴らが臆病な証拠です。諦めてはいけません…!」
「誰が…!」
ベルゲングリューンの忠告は癇に障ったようだ。彼は軽々と戦斧を振ることの出来る勇猛な戦士なのだ。傷ついた方の足を狙って来た獣の鼻面を強烈な一撃で叩き、雪の中へ沈ませた。そこへさらに向かって来た獣へもまるで戦斧のように振るってこん棒を腹に食い込ませた。
だが別の獣がすぐさまロイエンタールに襲い掛かって来た。ベルゲングリューンは前に出て彼を突き飛ばすようにして庇い、ブラスターを撃った。至近距離で命中して獣は声も立てず雪の中に倒れた。
途端にベルゲングリューンの顔めがけて別の獣が飛び掛かって来た。
「うわ!」
そこに飛んできたこん棒により獣は弾き飛んだ。更にベルゲングリューンがブラスターを撃ちこみ、そいつは血を流して倒れた。
「油断するな!」
ロイエンタールが叫んだので言い返そうとして振り返った。焚火の明かりに照らされたロイエンタールの白皙の表情はまるで月の光を反射するように輝き、両手脚を広げて雪の上にすっとまっすぐ立っていた。
周りの闇の中に獣の光る眼が無数に見えた。
彼は素手だった。
ベルゲングリューンを助けるためにこん棒を投げてしまったのだ。
その無防備な足元に獣が飛びつき、ふくらはぎに牙を立てた。
あっ、と叫んでロイエンタールは獣を振り払おうとした。さらに別の獣が飛び掛かろうとしている。
夜空に向かって、ベルゲングリューンは猛々しい咆哮を上げた。
その雄叫びと共に威嚇して激しく逞しい腕を振り上げたので、獣たちはびくっとしてベルゲングリューンを振り返った。
腹の底から絞り出すような雄叫びが暗い森の中にこだました。ブラスターの絶え間ない連射音が響く。撃たれた獣の断末魔の叫び、人のものとも思えぬ轟く野太い咆哮、生き物の身体を殴りつける鈍い音―。
そして、それは来た時と同様突如として消えた。
背中合わせに立つ二人は、いつ次の襲撃が来るかとしばらく身構えていた。荒れた息づかいの中、ようやく獣たちが去ったことに気づいた。
「…どうやら生きているようだな」
ベルゲングリューンは慌てて振り向いて雪の中に跪き、ロイエンタールのふくらはぎを調べた。焚火の明かりの中でさえ血のにじむ肉が見えているのが明らかに分かった。
「閣下…! なんてことだ…!」
「やられたな、ハンス。すまないな」
血と泥で踏み固められた雪の中に跪いたまま、ベルゲングリューンは頭髪を掻きむしった。
「なぜ、今、そんなことを言うんですか! あなたを守れなかった私を責めるべきなのになぜ、謝るんですか…!」
ロイエンタールはくすくすと笑って跪くベルゲングリューンの頭に手を乗せた。そのまま優しい手つきで撫でている。
「いいから立て。さっきのお前の雄叫びはすごかったな。まるで熊だ」
「閣下…!」
頭を撫でる手をさっと取ってきつく握りしめると、ロイエンタールも強く握り返して来た。
「…それから、出来ればもう一度包帯を巻いてくれるか。どうも歩きにくいようだ」
歩きにくいどころか! それでもその言葉の裏にはとうとう限界が来たことを知らせる弱さがあった。ベルゲングリューンは何に対してか分からずに押さえきれぬ怒りに満ちて、どすどすと何度か雪の上で地団太を踏んだ。どうしてもっと、彼は自分を大事にしてくれないのか。痛くて辛いと頼ってくれたら…。だがそれを言えないのが彼なのだ。それを知っていながら獣に襲われるに任せた。彼と、この状況と、注意を怠ってこの事態を招いた自分への怒りが混じりあった。
その時周囲が真昼のように明るくなり、二人ははっとして目を覆った。
静かな森は突然のエンジン音で満たされた。頭上から森の木々をものともせず、まばゆいライトが二人めがけて降り注いだ。
明るすぎるライトの光で視界が真っ白になった。二人は眩しい光りを手で防ぎながら、こわばった表情で見つめ合った。同盟軍の追手か―。
「ハンス!」
喧騒の中でほとんど怒鳴るようにしてロイエンタールが声を掛けた。
「はい!」
答えると、ロイエンタールが手をあげてベルゲングリューンの肩を抱いた。
「お前には世話をかけた」
それ以上何も言わずに微笑んだ。ベルゲングリューンは胸が痛くなり、肩の上の彼の手に手を乗せた。
「オスカー! あなたを生かすためならば、私は最後まで諦めませんぞ!」
彼は歯を見せて笑った。
耳を聾するほどのエンジン音にもかかわらず、ベルゲングリューンにはその軽やかな笑い声が良く聞こえた。

治療室でロイエンタールのふくらはぎは適切な処置を施された。
「おれとベルゲングリューンを囮に使うとは、いい度胸だ」
口ではそのように言ったが、ロイエンタールはむしろご満悦だった。二人を襲った獣は同盟軍により追跡装置が埋め込まれていた。同盟軍はその追跡装置を利用して二人に追いすがったが、同盟軍の後を密かに追っていた帝国軍によって撃退された。その手際の良さを認めて喜んでいたのだ。
二人の捜索と同盟軍の攻撃を指揮したディッタースドルフは、二人を救出するまで綱渡りを演じさすがに恐ろしい思いもしたが、今は無事大事な上官二人を手中に収めていつもの余裕を取り戻していた。
「効率的でしたでしょう。無謀な上官がふらふら出歩いてどこへ行ったか分からぬのだから、地の利を得た奴らに追跡を任せるのが道理で」
「それにしても、閣下を危険な目に合わせるとは…」
ベルゲングリューンが苦虫を噛み潰したような厳しい表情で言ったが、ディッタースドルフは平気だった。
「どちらかお一人だけだったら心配でしたがな。ほら、あなた方は二人とも自分のことはたいして大事にされぬが、二人いればそう簡単にやられはされまいと思いまして」
「当然だろう、閣下に何かあっては…」
憤慨するベルゲングリューンに僚友の提督は苦笑して首を振った。
「卿も我々にとっては大事な参謀長ですぞ。ご自重いただきたい」
相手が押し黙って何も反論しないので、ディッタースドルフは参謀長は理解してくれたと思い、それ以上は言わなかった。
獣はより弱い個体を襲う。ロイエンタールは怪我をしていたから獣たちは最初から彼を狙っていたはずだ。彼をあのような無防備な状態にしてはいけなかった。
なのにあの森の中で、彼はベルゲングリューンを助けるためにたった一つの武器を投げつけて獣を撃退した。
その時の彼の姿はたいまつのようにベルゲングリューンの心の中に灯り、暖かい明かりを投げかけてしばらく消えることはなかった。

Ende
 

 

遭遇

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